2016 年







校長室から29 「心かよう話」 11月21日(月)

感謝をことばに
「ありがとう」は「有り難き幸せ」ということ


 感謝のことばというと、普通は「ありがとう」「ありがとうございます」です。一日何回言えるか数えてみる「ありがとうキャンペーン」を張りたいものです。11月23日の勤労感謝の日は、ちょうどいい時かもしれません。「ありがとう」は多発していいことばです。そして、人を気持ちよくすることばです。「ありがとう」は、漢字で書くと「有難う(有り難し)」で「有ることが難しい」という意味ですから、「まれである」とか、「ありえない」ということです。この「ありがとう」の反対の意味を考えてみると、「当然である」とか「あたり前」になります。したがって、手足が使えること、ご飯が食べられること、眠れること、学校に行けることなどは、当たり前のことではなく、心から「ありがとう」と感謝しなければならないこと、つまり「有り難き幸せ」ということなのです。巷では略して「ありしあ」といっています。ときには感謝のことばとして、「有り難き幸せ」と言ってみるのもいいでしょう。

 さて、11月の献立表の裏面に、食事への感謝の記事が載っていました。「いただきます」と「ごちそうさま」は、当たり前の挨拶ことばですが、そこにも深い意味があります。

 命への感謝「いただきます」
 わたしたちが食べているものは、もとをたどれば、すべて生きていたものです。さまざまな動物や植物の命をいただくことで、わたしたちは今、生きているのです。自然の恵みやわたしたちの命をつないでくれる大切な食べ物に感謝する気持ちを表すのが、「いただきます」という挨拶ことばです。

 人への感謝「ごちそうさま」
 ごちそうさまは漢字で「ご馳走様」と書きます。「馳走」とは「走り回る」という意味です。昔、お客様をもてなすとき、家の者は、いろいろなところを走り回って、食材を探し求め、食べ物を集めてくれました。それを調理して提供しました。これが「おもてなし」です。その人たちへの感謝の気持ちを表すものとして生まれたのが「ごちそうさま」という挨拶ことばです。
 当たり前の挨拶ことば「いただきます」「ごちそうさま」の中に、どれだけ気持ちが込められるかによって、食べ方が変わり、残食に現れます。 (若林)

 




校長室から28 「心ひらめく話」 11月8日(火)

2×2の意味は?


 回転寿司を食べに行きました。
 「イカはいかが」「ウニをもらうに」「カニはどうかに」「タイ食べたい」
 「イクラはいくら?」「ハマチはハウマッチ?」
 最後のお愛想は、積み上げたお皿を数えてみれば分かります。

 今日お寿司を何個食べましたか? 何個食べたかは、「2×お皿の数」で計算します。普通お皿には寿司ネタが2個ずつ乗っています。2は「決まりの数(被乗数)」で、その何皿分(乗数)かを計算します。つまり、かけ算は決まりの数のいくつ分かを計算するときに使います。したがって「お皿の数×2」では考え方が違います。

 校内研修の一環として、2年生の教室で算数の研究授業を行いました。かけ算「2のだん」の学習です。授業者は、「2×2」のところで、同じ2でも「かける数」と「かけられる数」の違いの説明を、しつこいくらいにしていました。「これは1皿2個の2皿分です」
 授業は進み、「6皿では、いくつになりますか」という問題に、みんなで取り組みました。そして、書画カメラでノートを映し、子どもたちは「2×6」の説明をしていました。基本的なことを確かに学び、友だちに向かって説明することによって理解を深める授業でした。 (若林)

 




校長室から27 「心ゆらぐ話」 10月25日(火)

貧乏とは何か ~ムヒカ大統領のスピーチより~


 「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」という題名の絵本を、昨年見つけました。初読のとき絵本なのに内容は大人向けで、とても難しいテーマだと感じました。同時に、これは、心の教育の学習材になると思いました。この大統領とは南米ウルグアイの第40代大統領ホセ・ムヒカ氏のことです。
 「世界でいちばん貧しい」というのは、大統領らしからぬ質素な暮らしぶりから、そう言われたのです。大統領の公邸に住まずに農場で花や野菜を育てながら暮らし、運転手付きの立派な大統領専用車に乗るかわりに古びた愛車を自分で運転して仕事をしていたからです。大統領の給料の大半は貧しい人たちのために寄付していたのです。
 2012年、ブラジルのリオデジャネイロでの国際会議にも、質素な背広にネクタイなしのシャツ姿で壇上に現れたのです。そこでのスピーチが、あまりにも衝撃的だったので、世界的な話題となりました。

 わたしたちが挑戦しなければならない壁は、とてつもなく巨大です。目の前にある危機は、地球環境の危機ではなく、わたしたちの生き方の危機です。人間はいまや自分たちが生きるためにつくったしくみをうまく使いこなすことができず、むしろそのしくみによって危機におちいったのです。(中略)
 古代の賢人エピクロスやセネカ、そしてマイアラ民族は、つぎのように言いました。

 「貧乏とは、少ししかもっていないことではなく、かぎりなく多くを必要とし、もっともっととほしがることである」

 このことばは、人間にとって何が大切かを教えています。(中略)
 わたしが話していることは、とてもシンプルなことです。
 社会が発展することが、幸福をそこなうものであってはなりません。発展とは、人間の幸せの味方でなくてはならないのです。
 人と人とが幸せな関係を結ぶこと、子どもを育てること、友人をもつこと、地球上に愛があること――
 こうしたものは、人間が生きるためにぎりぎり必要な土台です。発展は、これらをつくることの味方でなくてはならない。(後略)
出典 【「世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ」(汐文社)2014】

 わたしの道徳の学習では、普通の白熱電球とLED電球を売り込み、どちらの電球を買うかから始まります。ムヒカ大統領は、スピーチの中で、こう言っています。
 「そういうもの(10間時間も20万時間ももつ電球)をつくってはいけないのです。なぜなら電球をどんどん売らないといけないからです。働いてものを買い、使い捨てする、そんな文明でなければいけないからです。」
 そして、古代の賢人や近くの民族のことばを引用して言います。「貧乏とは少ししか持っていないことではなく、無限に欲があり、いくらあっても満足しないことです。」
 「貧乏とは何か」「幸せとは何か」「豊かさとは何か」「人生で大切なこととは何か」を問いかけます。
 この絵本は、内容的には、大人が読むものです。国際会議の出席者向けのスピーチです。資本主義社会のあり方、人間の生き方について考えさせられます。
この道徳の時間の感想を最後の5分間で書いています。次のように書いている子がいました。

 「ぼくはムヒカ大とうりょうのスピーチをききました。ムヒカさんは世界一まずしい大とうりょうです。でもお金などいるのでしょうか。ぼくはお金は少しで友だちがほしいです。なぜかというと、世界の人たちと友だちになれたら、世界のどこに行ってもなかよくできるからです。」(3年T男児)

 「ホセ・ムヒカさんのスピーチをきいて、びんぼうとは、少ししかもっていないことではなく、かぎりなく多くをひつようとしていることだと知りおどろきました。びんぼうのイメージが今回のじゅぎょうでかわりました。でも、ホセ・ムヒカさんの言っていることはほんとうだなと思いました。(3年K女児)

 また、4年生のK女児は、絵だよりで授業の感想を届けてくれました。「人の命」についてのスピーチ部分に心が動かされたようです。ムヒカ大統領は、こう述べています。「人の命についてはどうでしょうか。すなおに考えてみましょう。わたしたちは発展するためにこの世に生まれてきたのではありません。この惑星に、幸せになろうと思って生まれてきたのです。人生は短く、あっという間です。そして、命より大事なものはありません。命は基本的なものです。しかし、必要以上にものを手に入れようと働きづめに働いたために、早々に命がつきてしまったら…?(後略)」
 すぐれた絵本とは、年代にかかわりなく誰でも読めるものです。読む年齢によって感想が変わってくるものです。いつか再び読んでみたとき、それぞれが違った感想を持つことでしょう。 (若林)

 




校長室から26 「心かける話」 9月12日(月)

さらに変わるリーダー像 ~リーダーは人のことを考え、自分で行動できる人~


 読売新聞のくらし教育面(9月7日付)で、「学級委員」のことが、特集されていました。その記事には、次のように書かれていました。
 戦前の級長は、成績が優秀で統率力がある子を担任が指名し、教師の代理のような役割を担わせていました。戦後は民主的な学級経営が求められるようになり、選挙や話し合いで選ぶようになりました。呼び名も「学級委員」「学級委員長」などに改められました。
 さて、現在はどうでしょうか。今は学級を代表する「学級代表委員」は存在しますが、「図書委員」「放送委員」「給食委員」などと同様、高学年児童全員が所属する委員会の中の一つと位置づけている学校が多いようです。
 また、朝夕の挨拶や学習の始まり・終わりの号令をかけたり、学級会の司会をしたりするのは、持ち回りの当番が行うようになっています。特定の子どもが学級リーダー的存在を務めるのは、稀になってきています。
 本校では、『7つの習慣』のプログラム「リーダー・イン・ミー」(The Leader in Me)に基づき「一人ひとりがリーダー、リーダーは自分の中にいる」という考え方をしています。公立校でいう係活動「黒板係」「生き物係」「本係」などもお手伝い活動ではなく、自分が率先して行う意味を込めて、「黒板リーダー」「生き物リーダー」「本リーダー」などと呼んでいます。一人で活動することもあります。(下の写真は3年生の教室掲示)
 当然、グループやチームを組んだときには、誰もが小組織の一員としてのリーダー役を務めることになります。そのときグループリーダーやチームリーダーとして「まとめ役」をするとなれば、仲間を思いやる力が必要です。子どもたちは、20~30年後、グローバル社会の中で、さまざまな形でリーダーとして活躍することを願っています。人のため、人々のために役立つ人になってほしいと心より願っています。

 「リーダーは人のことを考え、自分で行動できる人」 (若林)






校長室から25 「心つたわる話」 9月7日(水)

絵日記から絵だよりへ


 夏休みが始まった7月20日、読売新聞の教育面で、本校の絵だより交流が紹介されました。小学校では、ひらがなを一通り習い終える1年生の夏休みの宿題に「絵日記」が課されることがよくあります。日記は本来、自分のために書くものですから、普通はみんなに公開するものではありません。ですから、絵日記にコメントを入れるのは、考えものです。それが、絵だよりとなれば、便り(手紙)ですから、交換交流にすることを基本とします。すくなくとも相手は文章を読むことになります。そして、手紙には返事が付きものです。返事を書くことが必要です。その返事を読むことが、次に書く意欲を掻き立てます。ですから、絵だよりにコメント(返事)を入れるのは自然です。さらに、返事を書けば、「一往復半のコミュニケーション」が成り立ちます。往復書簡は楽しいものです。

 作文を書くことを苦手する子はたくさんいます。作文用紙を前にして、一向に筆が進まない子を数多く見かけます。「書くことは考えること」、考えることは誰でも億劫なことなのです。しかし、作文を「手紙」として考え、相手(読み手)を決め、伝えたいこと(目的)を決めて書くと、意外と書けるものなのです。表現力や発信力を高めるには、絵を描くことも重要です。絵が文を補い、文が絵を補うので、内容がよく伝わります。絵だよりを楽しみながら書き、人との交流を深め合いたいものです。
 新聞記事の取材と写真撮影には、絵だよりを毎週書いている4年生が、協力してくれました。白紙にかいた絵だより帳のお気に入りのページを開いて掲げています。(若林)








校長室から24 「心ふるいたつ話」 8月8日(月)

ことば一つでからだが動く


 立ち上がるとき「よいしょ」とか「どっこいしょ」と声を出すのは、年齢を重ねたてきたからでしょうか。ただ言えることは、声を出すと身体が動くということです。
 全校朝会で、校訓の「謙虚」ということをかみ砕いて、話そうとしたとき、「3D言葉」「3Y言葉」を例に使いました。
 「謙虚」とは「穏やかで素直なこと」です。素直でない子とは、次のような子のことです。それは3D言葉をよく言う子です。3D言葉とは、「だって」「でも」「どうせ」です。この言葉を頭に付けて、言い訳をしたり、いじけたりする子のことです。これでは気持ちも沈み、身体が動きません。
 これからは、3D言葉ではなく、3Y言葉を使いましょう。3Y言葉とは「ようし」「ゆくぞ」「やるぞ」です。誰かから、声をかけられたら、まず「ようし」と言ってみましょう。そうすれば、やる気が起こり、身体が動くはずです。
 後日、4年生の女児から、次のような絵だよりが届きました。言葉が心に届いていてうれしく思いました。身体が動くことを期待しています。(若林)


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校長室から23 「心ひらかれる話」 4月15日(金)

スピーチに学ぶ


 桜花爛漫の中、厳かに第3回の入学式が行われました。式後、スピーチがよかったという声が数多く聞こえてきました。もちろんわたしの式辞のことではなく、児童代表のことばのことであり、来賓の祝辞のことでした。
 取手市長の藤井信吾様には、開校時の第1回入学式から、3年連続してご臨席いただき、祝辞を頂戴しています。今年の祝辞の中には、在校生の保護者からの情報として、読書活動推進の「読書貯金」のことと、学校だより『未来を拓く礎を』のことが盛り込まれていました。通り一遍のご挨拶だけでなく、具体的な話題が盛り込まれると、スピーチに深みが出てきて、心が動かされます。わたしは、ありがたいお言葉だと、ステージの上で感激していました。翌日礼状で、その思いを伝えました。
 新入生代表の小野寺さん(1年生)のことばには、自分の夢に向かって進んでいきたいという決意だけでなく、「栄養士さん」と「お医者さん」と「やさしいお母さん」になりたいという『具体的な人物』が、その理由とともに入っていました。歓迎のことばの渡辺くん(4年生)は、楽しい学校行事の紹介の中で、田植え体験のことを「はだしで田んぼの中に入って、自分たちの手で1本1本苗を植えます。」と、新1年生にわかるように話していました。
 スピーチは、相手と目的を明らかにして、自分の思いや考えを伝える行為です。誰にもわかるように話すのは難しいことです。子どもたちから、そしてさまざまな大人の方々から、学ぶことが多いものです。まずは「傾聴」「敬聴」からです。(若林)


(新入生代表のことば)

(歓迎のことば)




校長室から22 「心しずまる話」 3月7日(月)

大地震を忘れない


 「おうちが早くできるといいですね」「日本のみんながげんきにすごせたらいいなとおもいます」「日本中がしあわせになりますように」「日本にせんそうがなく平和でいられますように」「世界中をえがおいっぱいにしよう!」
 子どもたちが紙袋に書いたメッセージです。(本校HP参照)
 『続ける祈り、繋がる想い』そんな気持ちに寄り添ったのが、「ゆめあかり」のイベントです。(主催:ゆめまっぷの会、後援:茨城県教育委員会、取手市教育委員会ほか)です。子どもたちの防災意識を高めながら、自分の思いや願いを表現することのできる、このイベントに今年も参加することにしました。
 東北の復興を願い、メッセージやイラストを描いた紙袋キャンドルは、3月5日(土)に取手市役所藤代庁舎敷地内の広場で点されました。当日のイベントには、本校から「ゆめあかりびと」(ボランティア)を含め、20家族ほどが参加していました。参加児童の一人(2年生)が絵だよりを書いてきたので紹介します。


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 時が経つに連れて記憶は薄れていくものです。このイベントを機に、被災された方々のことを思い、一日も早い復興を願いながら、大地震大津波が起きたとき、全員が助かりますようにと祈り続けます。「大地震を忘れないで」と、きょうの全校朝会で話しました。今週の金曜日3月11日で、あの東日本大震災から5年となります。(若林)

 ※ 下のイベント写真の撮影は本校職員高寺です。








校長室から21 「心ふかまる話」 2月5日(金)

本物にふれる!


 学校の応接室のホワイトボードに、劇団四季のカレンダーがかかっています。昨年11月に家族で「アラジン」を見に行った折に購入してきたものです。家族の影響もあって、劇団四季の作品を浜松町や大井町の劇場に、年に数回見に行きます。これまで「オペラ座の怪人」「キャッツ」「ウエストサイド物語」「ライオンキング」「サウンドオブミュージック」「美女と野獣」「ユタと不思議な仲間たち」などを見ています。
 昨年度の本校の芸術鑑賞会では、1・2年生とともに劇団四季の「ライオンキング」を見てきました。鑑賞の態度を見ていたら、ストーリーをほぼ理解し、歌やダンスを楽しみ、自然な笑いも出ていました。優れた作品は、子どもを惹きつけ、低学年でも鑑賞可能だと思いました。そこで、今年度も引き続き劇団四季の「リトルマーメイド」を1月21日に、バス6台を連ねて見てきました。ラブストーリーなので、どのくらい理解できるものなのかと、気がかりではありました。
 子どもたちの反応を知りたいと思い、鑑賞後の感想文を読んでみました。ある1年生女児の絵と文を読んで驚きました。感性がすばらしいのです。主役級のカニのセバスチャンに目を向け、アンダーザシーの世界を楽しんでいるからです。その感想文を原文のまま、紹介いたします。


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 心を豊かにするのに特効薬のようなものはありません。心を豊かにするには、優れた「ひと」に出会うことです。それは、友達や先生であったり、周囲にいる人であったり、あこがれの人であったりします。また、物語の中の登場人物であったり、歴史上の人物であったりします。心を豊かにするには、優れた「もの」に出合うことです。それは、本(物語や図鑑、事典など)であったり、芸術作品(音楽や演劇、絵画など)であったり、自然現象(四季の風景や実物など)であったりします。この「出会い・出合い」を設定し演出するのが、学校の教師や家庭の親の役目ということになります。
 今回の芸術鑑賞会「リトルマーメイド」が、人魚姫アリエルやカニのセバスチャン、魔女アースラなどの出会いとなり、海の世界(舞台装置や衣装など)の出合いとなって、心の栄養となることを願っています。(若林)




校長室から20 「心あったかい話」 1月29日(金)

絵だより交流便!


 「校長先生宛に絵だよりが届きました。よろしくお願いいたします。」

 ときどき「絵だより」が校長室にも届きます。「絵だより」とは、宛先(相手)と用件(目的)を決めて、絵と文で綴る「おたより」のことで、文字通り「手紙」です。絵だよりは、作文力向上を図る格好の手段です。書くことは苦しいものですが、楽しいものにもなります。
 本校では、絵だよりによる交流活動が盛んです。子どもたちは、学年の枠を超えた先生方はもちろんのこと、図書・用務・事務の方々宛に絵だよりを書き、担任の先生が交流便の配達役を務めます。手紙ですので返事を書くのが当然のマナーです。その手紙に返事を書くのは、忙しくても楽しい仕事です。
 先日、3年生の担任から、「これまでにない絵だよりです。読んでください。」という、情報提供がありました。それは、週3回トイレ清掃を担当している方宛のお礼の絵だよりでした。心温まる内容ですので、原文のまま紹介いたします。「ありがとう」のお手紙は誰が受け取ってもうれしいものです。(若林)


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校長室から19 「心あふれる話」 1月8日(金)

「新年のご挨拶」


 新年明けましておめでとうございます。
 新年早々ですが、これは誤用です。明けるというのは、「夜明け」「休み明け」「梅雨明け」のことば通り「終わる」ことです。新年が終わってしまって「おめでとう」はおかしいですね。
 明けまして新年おめでとうございます。
 言いにくいですが、これなら問題ないですね。
 今年も子どもたちから、たくさんの年賀状をいただきました。年賀状には今年の目標や夢がたくさん書いてありました。印刷だけでなく、ひとことの添え書きがあるとうれしいものです。
 一番の長文で、夢いっぱいの年賀状を原文のまま紹介します。

 明けましておめでとうございます。
 校長先生、さく年はいろいろなお話を聞かせてくださり、ありがとうございました。わたしのゆめは、ピアノがひけて、水泳やテニス、スキーなどのスポーツがとくいな科学者になることです。今年もいろいろなことにちょうせんして、読書をたくさんしようと思います。新年もよいお話を聞かせてください。よろしくおねがいします。 (2年S女児)

 年賀状の返信用に用意した「なぞなぞ」です。「合唱リハーサルで勝ったのはだあれ?」答えは問題文の中にあります。「がっしょうりはーさる」(勝利はー猿)。サル年がいい年になりますように!

 この発見にまサル作品はないでしょう。「字が爺さん」(自画自賛)ですね。(若林)






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